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静岡地方裁判所浜松支部 昭和35年(ワ)252号 判決 1962年12月26日

原告 吉永寿一

被告 社会福祉法人 聖隷保養園

主文

被告は原告に対して金五十万円及びこれに対する昭和三十六年二月三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は全部被告の負担とする。

本判決中原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は請求の趣旨として「被告は原告に対して金五百万円及びこれに対する昭和三十六年二月三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

「一、被告は肩書地におてて聖隷病院を経営し、訴外関口一雄、同朝野明夫、同平野一生、同本康裕同浜野年子等はいずれも同病院に勤務又は勤務していた医師で、昭和三十二年当時関口は外科医長、朝野は内科医長の職に在り、平野及び本康は外科を浜野は内科を各担任していたものである。

二、原告は年来の疾患である左主気管支狭窄を根治するため、関口外科医長の勤めに従い、気管支成形手術を受ける目的で昭和三十二年九月十三日前記病院に入院したが、その後同病院内に於て、気管支成形手術既往例についての風評を耳にし、右手術に対する一抹の不安を覚え、万一の場合左肺を全剔されるかも知れないと憂えて予め関口外科医長その他関係各医師に対し、右手術の安全性を確め且つ如何なる場合にも肺全剔を絶対に行わないよう申入れをなしたところ、その確約が得られたので、同年十二月三日同病院に於て関口外科医長の執刀、前記平野医師等の介助の下に気管支成形手術を受けた。ところが関口医師等は右手術中原告の左肺動脈を損傷し、そのため気管支成形手術は失敗に終つたが剰え右手術の際約旨に反して原告の左肺葉を全部剔出するに至つた。

三、右は偏えに関口医師等の過失に基因するものである。即ち

(一)  原告の左主気管支狭窄は化学療法によつて充分治癒できる症状であつて、敢えて気管支成形手術を施行する必要がなかつた許りか、昭和三十二年当時に於て、右手術は医学上未開拓の分野で成功率の乏しい極めて危険な手術であつた。にも拘らず、関口医師等は医学的功名心に燃える余り、右手術の危険性をも省みずこれを強行したもので、既にこの点に同医師等の過失が存する。

(二)  仮にそうでないとしても、凡そ手術中に肺動脈を損傷することは致命的な結果を齎するものであるから、執刀者としては周到な準備と細心の注意の下に手術を行うべきであるにも拘らず、執刀者関口医師は本件手術において業務上必要な注意を怠つたため肺動脈本幹損傷という重大な事態を惹起したものであり、この点に同医師の過失が存する。

四、原告は手術前その肺結核症も社会的治癒に達し、充分勤労可能な身体状況に在つたにも拘らず、関口医師等の右過失行為に因り、片肺を失うに至り、そのため有形無形の損害を蒙つた。その損害の内訳は

(一)  物質的損害

(1)  将来得べかりし利益の喪失 千三十四万千三百二十五円。

(イ)訴提起時である昭和三十五年十二月二十七日現在における原告の年令は三十七歳四カ月で、労働可能年数は一七・六七年、推定月収三万六千八百五十六円、昭和三十六年四月以降の推定月収三万五千五百十七円、同年以降の賞与、臨時給与の年間推定収入十二万四千二百三十七円八十八銭。従つて労働可能年数間における推定所得の総計額は九百七十一万三百七十八円。(ロ)労働可能年数終了時に停年退職するものとして、その推定退職慰労金六十三万九百四十七円。以上は原告が本件手術によつて片肺を喪失しなかつたならば一定の技術職に就き得たであろうとの仮定に基き算定したものである。

(2)  将来の治療費 三百十万七千八百八円

訴提起時に於ける原告の平均余命は三一・六八年。而して原告は終生に亘り摂生加療する必要があり、年間治療費見積は薬治料二万五千円、循環機能その他各種検査料四万二千二百円、酸素療法料一万五千円、指導料、調剤料等一万五千九百円である。従つて右平均余命間の治療費は総計三百十万七千八百八円となる。

(二)  精神的損害

原告は完全に片肺を喪失した結果、極度の体力の低減によつて最早就労不能となると共に肺機能も著しく低下し、常時呼吸困難、心臓痛等の症状に呻吟し、又疾病抵抗力の極度の低下に伴い絶えず急死の不安に戦く身となつた。そのため将来を約した女性との結婚も不可能となり、終生不具廃疾者としての負目に耐えてゆかねばならなくなり、その精神的苦痛は甚大なものがある。よつて右精神的苦痛に対する慰藉料として千万円を相当とする。

五、以上原告は被告に対してその被用者である関口医師等の過失行為に基く損害賠償債権二千万円余を有するところ、内金五百万円及びこれに対する遅延損害金として、本訴状送達の後である昭和三十六年二月三日以降右完済に尽るまで年五分の割合による金員の支払を求めるため、本訴請求に及んだ。」

と述べた。<証拠省略>

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、請求原因に対して

「一、第一項の事実は認める。

二、第二項の事実中、原告が左主気管支狭窄症に対する気管支成形手術を受ける目的で、原告主張の日聖隷病院に入院したこと、原告主張の日、右病院に於て関口外科医長の執刀、平野その他原告主張の各医師立会の下に、原告に対する気管支成形手術が行われたこと、右手術において原告の左肺動脈本幹に損傷を生じたこと及び原告の左肺葉全部が右手術において剔出されたことは認めるが、その余の事実は否認する。尚原告の左肺を全剔したのは、左肺動脈損傷による出血に対し止血方法を講じた結果に基くものであり、且つ開胸後確認された原告の左肺上葉、下葉及び横隔膜直上の病変が肺全剔適応症であつたことによるものである。

三、第三項は何れも否認する。尚(一)の点につき、気管支成形手術に関しては既に胸部外科学界には内外に多数の文献もあり、手術した症例の統計も詳細に発表されていることで、決して同学界における未開発の分野ではない。(二)の点についても、左肺動脈本幹の損傷は執刀者の手術上の不手際によるものではなく、肺病変の影響を受け、その炎症の波及により主気管支上に接して跨る肺動脈本幹の血管壁が脆弱化していて、如何に慎重に剥離を行つても、血管損傷を避け難い状態に在つたもので、不可抗力によるものである。

四、第四項はすべて否認する。入院前の原告は左主気管支の狭窄感を激しく訴え、到底勤労に耐え得ない状態に在つたものであり、それが本件手術後頗る元気となつて医療を要しない健康体に復し、或程度の動労に従事し得る体力を回復するに至つたものである。」と述べ、更に抗弁として

「仮りに原告主張の請求原因が認められるとしても、原告は本件手術前の昭和三十二年十一月一日、被告に対して予め訴外吉永英男、同ふじと連暑の上、本件手術に関する凡てを一任し、仮令右手術により如何なる事態を生じようとも一切異議を申立てない旨の誓約書を差入れているものである。従つて原告の本訴請求は右誓約に反するもので理由がない。」

と述べた。<証拠省略>

当裁判所は職権により原告本人を尋問した。

理由

一、被告が肩書地において聖隷病院を経営していること、訴外関口一雄その他原告主張の各医師がいずれも右病院に勤務し又は勤務していた医師で昭和三十二年当時原告主張の各職務を担当していたこと、原告が同年九月十三日左主気管支狭窄の治療を受ける為め同病院に入院し、同年十二月三日同病院において関口医師の執刀、平野一生その他原告主張の各医師の介助の下に、原告の左主気管支狭窄に対する気管支成形手術が実施されたこと、右手術の中途で原告の左肺動脈本幹に損傷を生じ、右手術は不成功に終つたこと及び右手術において原告の左肺葉が上下とも全剔されてしまつたことは、当事者間に争いがなく、原告本人の供述によれば、気管支成形手術の失敗から、肺全剔になることを極度に恐れていた原告が、術前関口医師や平野医師等に対して肺全剔だけは絶対に行わないよう明示の意思を表示していた事実が認められ、証人浜野年子、被告(取下前)関口一雄本人の各供述中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

二、そこで本件手術に関する関口医師等の過失の有無について判断する。

(一)  鑑定人大谷五良の鑑定結果(第一、二回)によれば、気管支成形手術は、従前適応治療として行われていた肺全剔術に代る手術として気管支の外傷及びこれに基因する気管支狭窄、気管支の炎症性狭窄、腫瘍、穿孔等の疾患に対して、肺機能を可及的に温存し、人体をより生理的に保つために、気管支自体に手術を加えることを目的とするもので、その術式は、第一段階として気管支とこれに接して跨る肺動脈とを剥離し、その剥離完了後、第二段階として気管支の患部を切除した上、健康部分を端々縫合することを主たる作業とするもので外国に於て約五十年前に開拓されたものであるが我国に移入せられたのは終戦後であつて、昭和三十二年当時の国内に於ける気管支成形手術の実施状況は、動物実験の結果より漸次臨床応用例に移行し、随所より臨床成功例の報告がなされていた時期で、昭和三十年以降同三十三年までの間に発表された臨床報告例は、二十五件中成績良乃至比較的良二十例、成績効果不充分二例、経過観察中一例、死亡二例(手術死亡一例、早期死亡一例)であり、手術死亡率は四・〇パーセントで昭和三十二年当時に於ける肺外科の死亡率としては普通域に属することが認められ、他方成立に争いのない甲第三及び六号証、前掲浜野年子、関口一雄の各供述及び鑑定結果(第二回)によれば、術前の原告の左主気管支狭窄は、所謂瘢痕性狭窄(広義の炎症性狭窄)であつて、症状は既に慢性固定化しており、化学療法等手術以外の方法によつては、これを根治し得る見込がなかつたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  次に原本の存在並びに成立につき争いのない甲第四号証と前掲関口一雄の供述によると、関口医師等は本件手術において、原告の左主気管支と左肺動脈とを剥離する際に、肺動脈本幹に亀裂を生じ出血するに至つたため、直にその止血方法として血管縫合を試みたところ、縫合した後の針穴から血が滲み出る状態であつたので、介助の立会医師らは血管縫合による完全な止血は困難であると強く主張したので協議の末、この侭の状態で気管支成形手術を進めることは甚だ危険であると判断し、右手術の続行を断念して、次善の策として、原告の左肺動脈本幹を亀裂部分と心臓との中間心臓に近い箇所において結紮し、血液が左肺臓へ循行しない状態にしたうえ、左肺葉を上下とも剔出する肺全剔術に踏切つたことが認められる。而して更に右各証拠によれば、前叙の如く血管縫合による不完全な止血方法を講じた侭、閉胸して再度の手術を期することは、何時起るやも測り知れぬ血管破裂によつて、原告を生命の危険に曝す結果となるものであり、他方左肺動脈本幹を結紮する以上、最早血液も循行せず肺機能を営むことのない左肺臓を残存させて置くことは意味がない許りか、却つてその侭閉胸すれば、気管支病変の拡大と相俟つて肺化膿症を惹起する惧れがあることが認められ、右認定に反する証拠はない。して見ると血管損傷後において関口医師等が講じた一連の処置は、緊急事態に対処する医師の措置として一応是認し得べく患者の生命安全の確保を第一義とする医師としては、必しも術前の患者の明示の意思に拘束さるべきいわれはない。

(三)  然し乍ら遡つて右血管損傷の点につき、果して執刀者関口医師において手術上の過誤がなかつたかどうかを更に検討して見るに、前掲関口一雄の供述(但し後記措信しない部分を除く)によると(1) 本件手術に於て、執刀者関口医師は原告の左背肩胛骨附近よりメスを入れて開胸したが、その場合術者の視界に在る内臓器官の位置は、手前に大動脈、その奥に肺臓が在つて、最上位に上葉下葉全体の気管支が走行し、その上に肺動脈が跨つている状況に在つた。(2) 開胸後確認したところによれば、原告の左肺動脈には、左主気管支との接着部分(一、五乃至二センチメートル)を中心に、周辺にリンパ腺の炎症による影響が及んでいた。(3) 本件剥離操作には、器具として尖端にガーゼ小塊を鋏んだ止血鉗子を使用したが、該止血鉗子を左主気管支と左肺動脈の間に挿入して、少しく剥離操作を進めた段階で肺動脈本幹に亀裂を生じるに至つた。(4) 関口医師自身は血管縫合後尚も引続いて気管支成形手術を遂行する意図を有していたが、他の立会医師の反対に遭つて右手術の続行を断念した。(5) 関口医師は外科医としては二十年余の経歴を有するが、気管支成形手術に関する臨床例としては、本件手術以前には、昭和三十一年頃立会助手を勤めた経験が一回あるのみで、自ら執刀した経験を持たなかつた事実が認められ、更に前掲鑑定結果(第二回)と成立に争いのない乙第一号証によれば、(1) 一般に人体の骨と筋肉との間には到るところに結締子と称する繊維の集合体が介在して空間は存在せず、通常の場合結締子は極く粗雑な状態において両者を結合させているに過ぎないため、指先或は鉗子による剥離が容易に行われ得るが、唯肺結核などの場合、患部周辺のリンパ腺や結締子が腫脹して炎症を起しそのため血管と気管支との間に癒着状態を生じることが多く、剥離の難易は右癒着状態の度合に左右される(2) 血管の脆弱化は結核菌自体の侵触によることは稀有であり、通常は気管支の周辺に起つた炎症、リンパ腺の腫脹による炎症状態が波及して血管の脆弱化を齎す場合が多い(3) 気管支と肺動脈との癒着状態、肺動脈の脆弱化の程度は、開胸後肋膜を切開すれば肉眼で確認し得る(4) 気管支と肺動脈との癒着部分を剥離するには、最初剥離操作を進める部分を肉眼で確認し、該部分より鉗子或は適当な器具を挿入して行う。その場合手術創より向つて肺動脈の裏側の部分は、当初は肉眼では確認できないが、剥離操作を進めるに従い、漸次その癒着部分も見えて来るようになる。全くの裏側は剥離が完了するまで見えないことが屡々あるが、器具に加える触感によつて加減しつゝ剥離操作を進めるので、器具を挿入する部分を充分確認してあれば、その先端はよく見えなくとも剥離を行うことができる。(5) 剥離操作には通常止血鉗子を使用する例が多く、その場合鉗子自体による血管損傷ということは普通有り得ないことで、唯剥離するには、寄せたり引張つたりするためにその緊張が血管に掛つて亀裂を生じ破れるということはある。(6) 結核性炎症の病例において、気管支と肺動脈との剥離不能の場合は絶対に有り得ないということは断定できないが、一般的には稀れであり、剥離の成功不成功は多く術者の技術の巧拙に左右される(7) 気管支成形手術は手術の難かしさの点では心臓外科或は肺ガン、肺膿の手術に及ばないが、一般外科の領域では比較的高度の技術を要する手術であること等が認められる。

前掲関口一雄の供述中以上の認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

而してこれらの事実に基いて考えるに凡そ患者に施術を行う医師はその生命、身体の保全について最大の注意を払うべき業務上の注意義務を負担するものであるからもし執刀者関口医師において周到細心な注意力を以て、原告の左主気管支と左肺動脈の癒着状態及び左肺動脈脆弱化の程度を仔細に検討し、且つ自己の技量と血管損傷の可能性を充分念頭に置いた上、当該部分が果して剥離手術の遂行に耐え得るか否かを慎重に判断し、万一危険を感じた場合には直ちに後退する丈の謙虚な態度を以て、本件成形手術を行つていたならば凡そ肺動脈本幹損傷というが如き重大な結果はこれを未然に防ぎ得た筈であると考えられ、それにも拘らず現実に右結果を招来したのは、同医師において右の点に欠けるところがあつて無理押しをしたためであるという外はなく、被告の主張するように、右血管損傷が不可避的な事故であつたとは到底認められない。して見ると血管損傷の点について過失が存する以上爾後の応急処置として止むを得なかつたとしてもこれと一連の因果関係を有する肺全剔の結果に対しても責任を負担すべきは当然であり、左肺が肺全剔適応症であつたかどうかは損害金算定上斟酌すべき事情であつても未だ右責任を免責する事由とはならない。従つて又使用主である被告も同医師の右過失行為についてその責任を負わねばならない。

三、此の点に付被告は仮に原告主張の様な事実があつても原告は手術前手術により如何なる事態を生じても一切異議を述べない旨誓約書を被告に差入れている旨抗弁するので判断するに、原告が被告に対して被告主張の如き内容の誓約書を差入れたことは、弁論の全趣旨により原告は明らかに争つていないと認められ医師或は医院が手術前往々患者から此の種の誓約書を徴することあるは当裁判所に明なところであるが、然し右誓約書は単なる「例文」の類と認めるのが相当であつて急迫した病苦に喘ぐ患者から斯かる誓約書を徴して自己の過失の責を免れんとするのは失当であるから法律上右誓約書に被告がその使用人である医師の過失行為に基いて負担すべき損害賠償責任までも免責するが如き効力を認めることはできない。従つて被告の右抗弁は採用し難い。

四、よつて進みて原告の主張する損害の有無について判断する。

(一)  精神的及肉体的損害原告が本件手術の結果片肺を喪失し、そのため精神的苦痛を蒙つたことは推定に難くない。

(1)  本件は判示の如く、肺動脈本幹損傷という執刀者の重大な失策によつて、人間の主要な呼吸器官である肺臓の半分を喪失せしめるに至つたもので、その責任は甚だ重いものがある。然し乍ら前掲鑑定の結果(第一回)と弁論の全趣旨により成立を認め得る甲第五八号証、同第六十五号証(但し何れも後記措信しない部分を除く)によれば、本件手術後残存せる原告の右肺に肺気腫の発生が認められ、又呼吸機能低下の結果、心臓機能は中等程度に低下し、呼吸困難、動悸等の症状を呈して居り、更に体力、労働力低下のため、肉体労働に従事することは殆んど不可能の状態に在ることが認められるけれ共反面右鑑定結果によれば、机上事務軽作業程度の就労能力はあることが認められ、現に本件訴状、準備書面、書証、その他厖大な部数に上る書類の作成を原告自らの手で精力的に行つていることは当裁判所に明な事実であつて原告は現に相当の稼働能力を有すると認めるのが相当である。前記甲第五十八及び六十五号証中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(2)  更に本件手術によつて剔出された原告の左肺葉は、前掲関口一雄の供述によれば、手術時の所見では、上葉五区域の最下位の部分が無気肺、肺表面に粟粒乃至拇指頭大の乾酪化病巣が数多く存在し、下葉の下、肺と腹部との境の横隔膜附近に限局性肋膜炎によつて被包化した乾酪巣があつて、術前レントゲンによる断層写真で予見したよりも高度の病変が在つたことが認められ、前掲鑑定の結果も左肺上葉は殆んど全部石灰化を伴う結核性変化が強く、下葉は一部無気肺で、一般に線維化傾向が強く、肺全剔適応症例であつた事を裏付けている。

(3)  次に原告本人の供述によれば、原告は昭和二十二年日本通運金谷支店に勤務し雑役に従事していたが、昭和二十七年肺結核症のため休職し、その侭昭和三十年二月頃自然退職して以来、特段の職につくことなく、その後昭和三十二年以降本件手術に至るまでの間、医療扶助を受け乍ら国立静岡病院及び本件聖隷病院で療養を続けていたものであること、又原告は三十九才の未婚者で、現在は肩書地所在の更生寮「慈照園」において、生活保護を受け乍ら一人で暮らして居り、家族としては母親があるけれども、同女は原告と別居中で夫の恩給扶助により生計を立てていることが認められ、他方被告は社会福祉法人で右聖隷病院の外に後保護施設「厚生園」、聖隷保養園浜松診療所等を開設していることは弁論の全趣旨により明らかである。

以上の事実に基けば、本件原告の左肺剔出は被告の使用人関口一雄の気管支成形手術中肺動脈損傷という過失に基く止血方法の結果の止むを得ない処置として行われたこと明であるが原告の左肺は既に全剔適応症であり偶々別個の手術中の緊急処置として原告の意思に反して行われたに過ぎないと認められるから原告の精神的肉体的苦痛の大なるべきは当然であつても手術が此の種危険を伴うことは予測せられないことでもないし原告の症状が早晩全剔を免れ難い状況である事実に鑑みその慰藉料は五十万円を以て相当と認める。

(二)  物質的損害。原告は将来の得べかりし利益について縷々主張するが、然し原告は判示の如く、昭和三十年頃日本通運を退職後定職なく同三十二年頃より医療扶助による療養生活を続けていたような状況で、一定の職による収入を得ていた訳ではないのに独自の見解から自己の月収或は賞与収入まで算定主張するのであるから、身体傷害に基く得べかりし利益喪失に対する損害賠償の請求としてはその前提を欠き理由がない。又治療費の点についても、原告は現実に支出した治療費乃至現に負担する治療費債権を主張立証することなく将来の治療費を請求するのであるが、然し本件において原告が将来確実にそれ丈の治療費を支出し、或は治療債務を負担し且その治療が不可欠なものと認むべき適切な証拠は存しない。従つて右未発生の治療費の請求も理由がない。

五、以上原告の本訴請求は前記慰藉料五十万円と、これに対する本訴状が被告に送達せられた後であること記録上明かな昭和三十六年二月三日以降右完済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であるから、これを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の点は民事訴訟法第九十二条但書、仮執行宣言の点は同法第百九十六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小野沢竜雄 片桐英才 藤浦照生)

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